きたない『けいおん!』の始まりだ! 『スクール・オブ・ロック』(2003)
臨時教師だと偽って、音楽教師の職を得たおっさん。
本物の教師は彼の友人だが、主人公がその座をぶんどった。
生徒会長の女子いわく、この学校は採点方式だそうで。
おっさんは壁の採点表をビリビリに破って「オレは二日酔いだ! 自習しろ!」と、育児放棄する。
音楽の授業を覗いたおっさんは、生徒たちに音楽の才能があると知る。
車から機材を運びだし、教室まで持ち込んだ。
このシーンにクリーム(E・クラプトンのいたバンド)の曲を使う、というのが、なんともイカしてていいカンジ。
こうして、きたない『けいおん!』が始まった!
●この映画のポイント
おっさんがボーカルかい!
と、誰もが思うだろう。
この映画は、「誰を主役として見るか」で評価が真っ二つに分かれる。
「無気力な子どもらが、奇妙なおっさんのバンド指導を受けて成長する話」
と思って見ていると、
「おっさんが出しゃばんなボケェ!」
と頭にくる。
そして、こう言うんだ。
「『天使にラブ・ソングを…』のウーピー・ゴールドバーグを見習え!」と。
だが、その映画の本質はそこじゃない!
本作では、求められている要素が違うのだ!
この映画は
「子どもたちとふれあう中で、おっさんの方が復活する話」
なのだ。
そう思っていれば、本作は最高に滑稽なバカ映画として楽しめる。
対し、『天使にラブソングを』は、
「修道女の全員が復活する話」だ。
だから、みんなそれぞれの女性たちに共感する。
だが、『スクール・オブ・ロック』でもっとも救われたのは、実は主人公なのである。
「彼の求めるロックが認められること」
がゴールなのだ。
だから観客にダイブするのは、おっさんなのだ。
そこを許容できるかどうかで、この作品が好きかどうかが決まる。
子どもたちは、おっさんに触発されて、「勝手に」成長しただけ。
序盤のシーンから察して、彼らにはもともと、音楽の素質が十分に備わっていたのだから。
そう、この映画は『天使にラブ・ソングを…』のオマージュ映画などでは断じてない。
『キンダカートン・コップ』のオマージュ映画なのだ。
あれも、「おっさんが復活する話」だろ?
●創作の役に立つ?
もちろん!
この映画はいわば、「おっさんと子どもモノ」の派生型だ。
おっさんによって子どもたちは救われ、おっさんがピンチになったときに助ける。
この逆転劇が、実にスピーディかつ爽快である。
●余談
盛大にネタバレをしているが、本作において、
「ストーリーを追いかけること」
に意味はない。
ハッピーエンドになると分かってる前提で、プロセスを追う事を勧める。
この映画はシナリオのプロセスこそ、最高に面白いのだ。
事実、オレは過程を一切話していない。