フランスのネズミ小僧 『YAMAKASI』(2001)
|社会をおちょくるパフォーマンス集団
フランスのビルを登りまくる、パルクール集団、「ヤマカシ」。
リンガラ語で強靱な人という意味を持つ彼らは、反社会的集団として、警察からマークされていた。
メンバーには、警察と親しい人物もいる。
友人はメンバーの一人に言う。
「子どもがマネしたらどうするのか」と。
不自由な子ども達にとって、ヤマカシのようなフリーダムな連中は華々しく見える。
友人は、ヤマカシを危険視していた。
しかし、ヤマカシに憧れる病弱な少年が、木登り中に転落する。
心臓移植を一日以内にしなければならない。
提供者は現れたが、費用として四〇万フランが必要。
死に近づく息子の状態を受け入れられない母は、アパートから飛び降りを試みる。
少年の親と知り合いだったメンバーは、彼女を助け、「なんとかする」と告げる。
だが、娘からは「口だけだ」と突き飛ばされた。
七人は分担して、一人6万フランずつの盗みを決行する。
タイムリミットは、明日の正午まで。
盗む相手だって?
悪徳病院関係者に決まってるじゃないか!
|警察が来ている中、盗み
ヤマカシの目的が、医師の理事会メンバーだと気づいた警察は、理事メンバーの家を訪問する。
玄関に飾られた、クリムトの絵が警察を出迎える。
だが、ヤマカシは既に入り込んでいた。
警察の目をかいくぐり、まんまとクリムトの絵を盗んでいく。
このシーンがスリリングで、ユーモラスだ。
|創作ポイント:反権力的映画
いわゆる義賊モノで、「盗まれた方も悪い奴」という設定。
悪徳医師団体から金品を強奪するという、爽快なコンセプトである。
アリエル・ゼトゥンという監督が撮ったのだが、原案はリュック・ベッソンである。
ヤマカシらの敵は、社会そのものだ。
法の番人である警察は、彼らを捕まえることに全てをかけている。
それが行き過ぎてしまう場面がある。
とある豪邸に入ったヤマカシらを捕まえるため、特殊部隊が総動員するシーンだ。
過剰な通報に対し、警官は家主をとがめる。
部隊は四方を封鎖したが、メイドの子どもがまだ中に閉じ込められていた。
子ども達を逃がすため、壁に穴を開けて部隊に彼らを渡す。
が、まだ救出途中にも関わらず、特殊部隊側は銃を撃ってきたのだ。
さすがに警察も激怒する。
警察内部に味方がいるのも頼もしい。
彼らがやっていることは、確かに悪事だ。
だが、本作は「子どもを助けることの方が正義だ」と思わせる説得力がある。
見せ方も見事で、
・人助けという物語性
・間違っているのは社会という風刺
・無法者を賞賛する反社会性
などより、
・ヤマカシ大暴れ!
というアクション性を重視している。
本作を楽しむコツは、まず頭を空っぽにすることだ。
|まとめ
重いテーマを扱うなら、そう思わせない工夫を凝らす。
●余談
本作を機に、パルクールというスポーツが日本でも日の目を見た。
日本でも、パルクールの選手がいるため、チェックしてみるといい。